2024年度研修 食品安全行政コース
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〜食品安全行政官に多様性と柔軟な思考を〜
2024年8月18日〜9月25日
コースリーダー 山下幸介

研修訪問先での写真1
本研修では、各国の食品安全行政に携わる国及び地方の官僚や技官が、日本の食品衛生に関する法律と政策、及び国/地方自治体と食品検査機関の役割と協力体制についての講義を受けます。これにより、研修員が法制化から検査、管理までの全プロセスを理解し、自国で適切な食品安全対策を実施するための独自の計画を立てられることを主目的としています。
2024年の参加国は、8ヵ国(バングラデシュ1名、キューバ1名、フィジー1名、ラオス1名、マレーシア2名、モンゴル1名、フィリピン1名、北マケドニア1名、)で、計9名の研修員が約5週間に渡りハードな研修スケジュールをこなしました。本コースは2007年から延べ56ヶ国、157名の研修員が参加しているロングランの人気プログラムです。

研修訪問先での写真2
研修プログラムは、東京の中央官庁における立法・行政・法改正に始まり、北九州の地方行政によるその実行管理→農業・畜産・水産物の取扱い→加工、流通、販売→中央及び地方の食品分析体制という流れに沿って組みました。本研修で重視しているのは、単に省庁・役所での事務的な業務だけでなく、それが現場でどのように実行されているかを肌で感じてもらうことでした。
日本の食品衛生に関わる現場での強みは、各施設の分析機器が充実していることです。今回訪問した施設の国立医薬品食品衛生研究所、北九州生活科学センター、北九州市保健環境研究所は、食品関連サンプル等の分析を専門にしている研究機関です。一方、横浜検疫所、豊洲卸売市場、ニシラク乳業、北九州市中央卸売市場、福岡県食肉衛生検査所、宮崎県食肉衛生検査所は、食品を取扱う施設に併設され、目的に応じて多岐に渡る分析装置を備えています。これらは有害な有機物や無機物による疾病等の原因を迅速に特定でき、また事業者や消費者に対して説得する手段としても活用されています。

研修訪問先での写真3
しかし研修員の皆さんの国々ではこうした食品関連分析のインフラは不充分であり、その拡充が急がれるものの、どの国も装置や分析要員拡充の予算配分が後回しにされ、その実現には長い時間がかかりそうです。こうした状況下でも、研修員は帰国後に何ができるかを研修期間中に見出すことが求められます。各国の事情が大きく異なる中で、研修員にとって「喫緊の課題とは何か」を明確に抽出して絞り込む必要があります。研修の初めにジョブレポートとして、各研修員に課題を整理してもらいますが、これらの課題が明確になっていると研修中の各科目に対する着目点がはっきりしてきます。勿論、研修期間中に新たな課題が発掘されることもありますが…。課題の主な対応策としては、分析機器といったハード面ではなく、法整備、人事、監査・監督の方法といったソフト面の対策がメインとなってきます。
ある研修員の国では、各省庁が重複した立法・許認可権を持ち、事業者は同じ申請を複数の省庁に提出しなくてはならず、多くの労力を費やしているという課題があるようです。これに対して、研修員は日本の中央行政の役割分担、中央と地方の役割分担を学び、これを自国の行政機構に取り入れ、食品安全行政の制度、省庁の役割を見直すことを帰国後のアクションプランとして作成しました。

研修訪問先での写真4
また、ある国の州衛生局の研修員は、食品安全の行政施策を絞り込み、先ず州の国際的ホテル内レストランの食品安全を徹底して管理することを目標としました。日本の食品安全の取組みと比較して、自国の国際的なレストランでも衛生管理が全く不充分であることに気付いたようです。国を代表するレストラン故に、衛生意識は高いので、本研修で修得した衛生管理の考えや手法を適用して改善することに積極的に取り組んでもらえると考えたようです。これが上手くいけば、このモデルの他施設への水平展開も容易となることでしょう。
また、ある研修員の国では食品関連の分析検査をする研究所において、その国内で資源開発をする外資企業が熟練の分析機器オペレーターを高給で雇うために、研究所の人が転職して要員不足となっているとのことです。しかも皮肉なことに、それらの外資企業の食堂では食中毒が度々発生しているとのこと。こうした実情を議論し、対策として分析機器の予算不足を資金豊富なこれらの企業から寄付を集めることにより、機器を充実して優先的に食中毒防止に貢献することを計画したいと研修員が申し出ましたが、お役所らしからぬ仕事の仕方と感じた次第です。

研修訪問先での写真5
陸続きで他国に囲まれた国では、規格外の汚染食品や賞味期限切れの食品が違法に輸入されて市場に出回っている現状を何とか改善したいと考えている研修員が多いようです。また安価であるが、違法な農薬や畜産医薬品を農家に直接売りに来る、インターネット経由で個人輸入した違法な食物を市場で売りさばくことなどが発生しているようです。これらはかなり顕在化してからでないと取り締まることが困難で、リソースの少ない取締官にとって手に負えないという厳しい現実があるようです。一方、日本は海に囲まれているという地理的な条件や充実した分析機器を武器にした厳しい検疫体制のもと、一般市民の高い衛生意識や遵法意識にも恵まれて、水際での検疫により安心した輸入食品を享受できています。それでも、研修員が何らかのヒントを得て帰国後の対策が講じられるように、講義・視察先の充実を図るように心掛けています。日本と研修員の国が置かれた環境は大きく異なりますが、日本の保健所は重点課題を決め、食品販売店や飲食店を計画的に巡回し、状況把握と指導を迅速に行うという現場重視の活動を展開しているという実態は、研修員にとって大いに役立ったと思われます。